Company
初代 安田源蔵 、二代目 要吉 、三代目 源三郎 、四代目 幸七の代まで「鳶安田組」と続き、
昭和39年、五代目 安田豊が安八郡輪之内町塩喰(わのうちちょうしおばみ)より大垣市鶴見町408番地(現在地)へ拠点を移動。屋号は「三岐建設」と改名し当初、安田豊ほか二人の弟と共に三人兄弟により会社を運営していました。
当時、安田 豊の社長就任年齢は28歳。その後兄弟二人は退社し、社名を現在の「(有)太豊工業」に変更。昭和58年、安田豊が他界に伴もない、直後に安田光子が社長に就任。(昭和58年4月)
平成19年9月 六代目となる安田 厚士が取締役社長に就任、安田光子は会長に就任するも翌年の平成20年5月に他界し現在に至ります。
初代安田源蔵は纏(まとい)を持つ火消しや鳶(とび)を生業としたらしく、その後二代目、三代目の代で曳家をはじめたものと聞いております。曳家の技術はめまぐるしく進化し、当時は「箱ジャッキ」という道具が現在では「油圧ジャッキ」となり、主流は「同調用電動油圧ジャッキ」と進化しております。ジャッキの進化と共に曳家工法も変化し、現在は床組みを解体せず居住したままで建物を移動させるまでに至りました。今後もさらに基礎コンクリートごと移動出来る様になり、お客様の様々なニーズにこたえられる曳家業になってまいりました。
他には建物の沈下修正が出来る「レベル調整工事」も会社の柱となる工種の一つです。