安田社長の”もったいない”道

東日本大震災 震災の爪痕3

05.28

DSCF4322東日本大震災による液状化により、傾いた家の修復工事をさせて頂いた千葉県浦安市周辺の家主の皆さんに、聞かせてもらったことがある。それはどのような感じの揺れだったのかということだ。私は48歳だが、阪神淡路大震災の際の進度という揺れが最も激しい体験だった。過去には、近隣で大きな被害合った1891年の濃尾震災もあるが、既にこの大地震を語る人はいない。建築に携わる者として、大地震の体験者からじかに聞くことは大切なことと思っていた。ある方は「家の中にいるのが怖くて外に飛び出した。だけど地面も道路もうねり、立っているだけで精一杯。早く収まって下さいと祈るような気持ちになった」と話してくれた。最初の揺れは3分ほど続き、一旦止まったが、又揺れ始めた所で家が傾いてしまったという。傾き方はどの家も同じで、道路面から敷地の奥へと傾いており、正面からは異常が無い様に見えた。屋根のある車寄せや駐車場など家の周囲は、噴出した砂で埋まっていた。しかし、家の中は床が斜めになっているほかは意外なほど傷んでおらず、建物の造作は大半が無傷だった。大震災で液状化しなかった近隣も見て回ったが、大きな揺れで崩壊したような建物は一軒も見られなかった。地震で液状化するような地盤が軟らかい地域にある建物は、建物の耐震構造よりも地質構造が安全性にとっては重要なことに思えた。特に砂質地盤の地域については、綿密な地盤補強を実施したうえで施工しなければならないと強く感じた。

 

 

平成13年に岐阜新聞の「素描」でコラムを連載さしていただいたので掲載していきます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

法人様・業者様向けお見積りします
ページ上部へ戻る