安田社長の”もったいない”道

東日本大震災 震災の爪痕2

05.27

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清閑な住宅地だった千葉県浦安市周辺は、東日本大震災で様相が一変していた。発生から2ヶ月後に訪れた際は、様々な人たちが全国から集まり、ありとあらゆる復旧作業が一帯ですすめられていた。落ち着かない状況にも関わらず、浦安の方々は大垣から来た曳家会社の私たちを「よくぞ助けに来てくれた!」という顔をして喜んで迎えてくれた。そのおかげで気持ち良く家の傾きやゆがみを直す仕事に取り掛かることができた。しかし液状化で傾いた建物を修復する工法が会社によって異なることが、被災した方々を悩ませていた。この工法は大別して3つある。まずは土台揚げ工法。傾いた基礎コンクリートはそのままにしてアンカーボルトを切離し、土台にジャッキを置いて木造の家だけ水平にする工法。次は耐圧版工法。基礎コンクリートの下を人力で掘削して耐圧版を設置し、基礎ごとジャッキアップする工法。最後は地盤改良薬液注入工法。現状の地盤に硬化剤の入った薬液を注入して膨張する力を利用して水平にする工法です。これらの工法で作業が行われたが、それぞれに長短がある。どの工法で直すかは、請け負った会社が個々のケースで判断した。だが、家主には作業内容が分かりにくくて工事が会社主導となり、家主に心配をかけるということもあったようだ。弊社は土台揚げ工法を主に採用した。この工法は工事金額が一番安く、工期も短い上、生活したまま施工が出来る為復興に適していた。けれども家の基礎は傾いたままであり、施工後も気を配るようにしていた。

 

平成13年に岐阜新聞の「素描」でコラムを連載さしていただいたので掲載していきます。

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